2015年 11月 27日
旭化成建材の某マンション杭工事問題の発覚から、
他社でもぼろぼろと、建築世界の膿が出てきている今の世の中です。
私の会社では2・3年ほど前から事業転換しており、
土地を仕入れてから資金回収までがえらく長ーいマンション事業を縮小して
回転率の速い戸建て事業に主軸を置くようになっていましたので
ああ…本当に正解だったよねあの時の経営陣の判断は……!
と下っ端ながらにも思ってはいるのですが
それでも世の中の煽りを受け、かつての自社マンションの杭調査に走らされている人、管理組合からの問い合わせ対応窓口を張っている人は、うちの社内にもいるわけで。
本当に日々お疲れ様です、と言いたいです。
まったくもって何が起こるか判らない世の中ですね。
ひとたび黒が出れば、ぼろぼろと崩れ落ちていくのはとても早いものです。
信頼を築くのには長い時間が要るが、壊れるのは一瞬だ。
管理・監視された社会になってきているとはいえ、建築業界においてはブラックボックスな部分がまだまだあります。
担当者が「この数値でいこう」 と決めたら、後はさらーっと流れに流れてしまい
実際に実務をやっている立場だからなおさら感じ得るのですが、建築確認検査機関や役所さえ歯止めにすらならないことは、実は色々あるものです。
あくまで「図面上」、「提出書類上」、法律的で計算的な「整合性」が取れていれば、
それは「合格」とみなされてしまう。
実際の現場がどうなっていようが、いちいち一棟ずつ見に来るわけでもない。
要所要所の検査は当然ありますがね。
そこは各社のコンプライアンス頼り、建築士の設計責任にお任せ。
多くの棟数を抱えていくと、どうも右から左へ流して“こなして”いく作業になりがちですが
一つずつ立ち止まって考えること、細やかに気付けるための心の余裕、多数の目で確認することの重要性。
私もしがない設計者として、より一層、身が引き締まる思いでおります。
プラン作って、図面引いて、役所書類作成して、
確認済証(※建築してもいいというお墨付き)を下ろしてもらって、まずバンザイ。
着工して、役所検査受けて、合格証もらって、竣工してひと段落。
あとは竣工図面作って、無事に引き渡ししてバンバンザーイ。
……そういうことじゃねーんだよなと。
私が設計して建った家は、むしろ引き渡してからがスタートであり、
これから、とある家族の長い人生が始まっていく。そう、何年も。何十年も。
大袈裟に言えば、私の判断が、何十年もの人の命を握っていくということ。
そう思えば、とてつもない恐ろしさを感じました。
そしてこれは、この先決して忘れてはならない、家の設計士として重要な根っこの部分なのだと思っています。
他社でもぼろぼろと、建築世界の膿が出てきている今の世の中です。
私の会社では2・3年ほど前から事業転換しており、
土地を仕入れてから資金回収までがえらく長ーいマンション事業を縮小して
回転率の速い戸建て事業に主軸を置くようになっていましたので
ああ…本当に正解だったよねあの時の経営陣の判断は……!
と下っ端ながらにも思ってはいるのですが
それでも世の中の煽りを受け、かつての自社マンションの杭調査に走らされている人、管理組合からの問い合わせ対応窓口を張っている人は、うちの社内にもいるわけで。
本当に日々お疲れ様です、と言いたいです。
まったくもって何が起こるか判らない世の中ですね。
ひとたび黒が出れば、ぼろぼろと崩れ落ちていくのはとても早いものです。
信頼を築くのには長い時間が要るが、壊れるのは一瞬だ。
管理・監視された社会になってきているとはいえ、建築業界においてはブラックボックスな部分がまだまだあります。
担当者が「この数値でいこう」 と決めたら、後はさらーっと流れに流れてしまい
実際に実務をやっている立場だからなおさら感じ得るのですが、建築確認検査機関や役所さえ歯止めにすらならないことは、実は色々あるものです。
あくまで「図面上」、「提出書類上」、法律的で計算的な「整合性」が取れていれば、
それは「合格」とみなされてしまう。
実際の現場がどうなっていようが、いちいち一棟ずつ見に来るわけでもない。
要所要所の検査は当然ありますがね。
そこは各社のコンプライアンス頼り、建築士の設計責任にお任せ。
多くの棟数を抱えていくと、どうも右から左へ流して“こなして”いく作業になりがちですが
一つずつ立ち止まって考えること、細やかに気付けるための心の余裕、多数の目で確認することの重要性。
私もしがない設計者として、より一層、身が引き締まる思いでおります。
プラン作って、図面引いて、役所書類作成して、
確認済証(※建築してもいいというお墨付き)を下ろしてもらって、まずバンザイ。
着工して、役所検査受けて、合格証もらって、竣工してひと段落。
あとは竣工図面作って、無事に引き渡ししてバンバンザーイ。
……そういうことじゃねーんだよなと。
私が設計して建った家は、むしろ引き渡してからがスタートであり、
これから、とある家族の長い人生が始まっていく。そう、何年も。何十年も。
大袈裟に言えば、私の判断が、何十年もの人の命を握っていくということ。
そう思えば、とてつもない恐ろしさを感じました。
そしてこれは、この先決して忘れてはならない、家の設計士として重要な根っこの部分なのだと思っています。
# by kzm83 | 2015-11-27 00:00 | 仕事の話